AI導入、データ分析の前に「人」を分析せよ。あの綺麗ごと記事の、泥臭い舞台裏。

AI導入、データ分析の前に「人」を分析せよ。あの綺麗ごと記事の、泥臭い舞台裏。

先日公開した『AIデータ分析の活用事例15選|失敗しない導入5ステップと成功の秘訣』という記事。おかげさまで多くの方に読んでいただき、「分かりやすい」「自社でもできそう」といった嬉しい声をいただいた。

記事では、AI導入を成功させるための普遍的なステップや、キラキラした活用事例を整然と並べた。しかし、正直に白状しよう。あれは、いわば「理想のレシピ」だ。最高の食材と最新の調理器具が揃ったキッチンで、腕利きのシェフが作る料理のレシピ。

だが、我々が日々向き合っている現実の「キッチン」は、そうじゃない。コンロの火力が弱かったり、塩と砂糖を間違えそうになったり、そもそも作りたい料理が何なのか誰も決めていなかったりする。

この記事は、あの「理想のレシピ」記事の裏側で、私たちが実際に体験した、もっと泥臭くて、人間臭い物語だ。AIという最新技術を導入するプロジェクトが、いかに「人」というアナログで複雑な要素に左右されるか。経営者、現場の職人、そして技術者。それぞれの立場が交錯する中で、私たちがどのように汗をかき、時に頭を抱え、それでも一歩ずつ前に進んできたのか。

もしあなたが「AI導入がどうも上手くいかない」「データはあるのに、話が進まない」と悩んでいるなら、この舞台裏の話は、きっと何かの役に立つはずだ。

壁その1:「AIで何かやってくれ」という経営者の“孤独”と向き合う

記事では、導入の最初のステップをこう書いた。

ステップ1:目的とKPIの明確化(何のためにやるのか?)
最も重要なステップです。「AIで何ができるか」から考えるのではなく、「ビジネス上のどんな課題を解決したいのか」からスタートします。

まったくもって正論だ。しかし、プロジェクトの初期段階で経営者の口から出てくる言葉は、たいていこうだ。「AIで何か面白いこと、できないかね?」「競合もやってるし、うちも乗り遅れたくないんだよ」。

これは、決して経営者が勉強不足なわけではない。むしろ、誰よりも会社の未来を案じているからこその言葉なのだ。しかし、その想いはあまりにも漠然としていて、現場には「また社長の思いつきが始まった…」としか映らない。このギャップが、プロジェクトを頓挫させる最初の落とし穴だ。

ある部品メーカーの社長との面談を今でも思い出す。立派な応接室で、最新の業界レポートを広げながら、社長は熱弁していた。「これからはAIの時代だ。うちも予知保全をやって、生産性を劇的に上げるんだ!」

一見すると、目的は明確なように思える。しかし、私はあえて少し意地悪な質問を投げかけた。

「社長、素晴らしいですね。ちなみに、今、一番“頭が痛い”ことは何ですか?予知保全が成功したら、社長にとって何が一番嬉しいです?」

社長は一瞬言葉に詰まり、それから少し照れたように笑ってこう言った。

「…いやな、本当は、もう現場のベテランに頭を下げるのが嫌なんだよ」

詳しく話を聞くと、こうだ。その工場には「神様」と呼ばれるベテラン職人が一人いて、機械の微妙な異音や振動を聞き分けるだけで、故障をピタリと予知できた。しかし、彼は気分屋で、機嫌が悪いと誰にもその「勘」を教えない。生産計画は、彼の機嫌一つで左右される。社長は、その属人化しきった状況に、経営者として強い危機感と、ある種の屈辱感を覚えていたのだ。

「AIで予知保全」という言葉の裏には、「特定の個人への依存から脱却し、誰でも安定して生産できる仕組みを作りたい」という、経営者としての切実な願いが隠されていた。これが、本当の「目的」だった。

この本音を引き出すために、私たちはよくこんな風に語りかける。これは、私の故郷、山形・庄内地方の言葉だ。

「社長、AIでなんかかっこいいごどしたいって気持ちも、よぐわがる。んでもな、本当は何さ一番困ってんだっしぇ?売上か?コストか?それとも、隣の会社がなんか始めだのがら、焦ってっだけが?」

標準語のロジカルな質問よりも、少し訛りのある、飾らない言葉の方が、相手の心の鎧をそっと外してくれることがある。

経営者の「AIで何か」という言葉を、「また丸投げか」と切り捨てるのは簡単だ。しかし、その奥にある孤独や焦燥感に寄り添い、具体的な言葉に「翻訳」してあげること。それこそが、プロジェクトの羅針盤を正しく設定するための、最も重要で、最も人間的な作業なのだ。

壁その2:「どうせ俺たちの仕事がなくなるんだろ」現場の“抵抗”は宝の山だ

経営者の本音を引き出し、プロジェクトの目的が定まった。さあ、次は現場のデータだ。記事では、こう書いている。

ステップ4:モデル構築と評価(現場の知恵を忘れずに)
「熟練の職人は製品のこの部分を見る」といった現場の暗黙知を、AIが学習するための特徴量(分析の切り口)に加えることで、モデルの精度は飛躍的に向上します。

これもまた、言うは易し、行うは難し。多くの場合、私たちが現場に足を踏み入れると、歓迎されるどころか、冷ややかな視線と分厚い壁に迎えられる。

「データ?ああ、あそこのPCに入ってるよ。好きに持っていけばいい」
「俺たちの勘を、AIなんかに真似できるわけがない」
「どうせ、これができたら俺たちはクビになるんだろ?」

彼らの抵抗は、単なる変化への拒絶ではない。自分たちが長年培ってきた技術や誇り、そして自らの生活を守ろうとする、当然の防衛本能だ。ここで「AIは皆さんの仕事を奪うものではなく、サポートするものです」などと正論を振りかざしても、彼らの心には響かない。

前述の部品メーカーでも、例の「神様」と呼ばれる佐藤さん(仮名)との関係構築が最大の難関だった。彼は、私たちデータサイエンティストを「パソコンの前で数字をいじっているだけの若造」と見なし、全く口をきいてくれなかった。

私たちは、PCを閉じて作業着に着替え、彼の持ち場に入り浸ることにした。最初はただ黙って彼の仕事ぶりを眺めるだけ。掃除を手伝い、重いものを運び、昼休みには一緒に弁当を食べる。そんな日が何週間も続いたある日、私が機械の異音に気づかずのんきにメモを取っていると、佐藤さんが初めて口を開いた。

「おめさん、パソコンの前でカチャカチャやってっだけでの。ここの機械の機嫌なんて、わがんねべ。今日のこの『ジーン』っていう音、いつもと違うんだず。こういうのが、不良品出る前触れなんだ」

チャンスだと思った私は、すかさず食いついた。

「ほうか、佐藤さん。その『ジーン』って音、どんな時に鳴るんだべ?雨の日の朝とか、新しい材料に変えだどぎどが?ぜひ、教えでけねが?」

そこから、堰を切ったように佐藤さんの「現場の知恵」が溢れ出した。「モーターの温度がいつもより2度高い」「油圧計の針が微妙に震える」「切削油の匂いがいつもと違う」。それらは、センサーデータとして記録されている数値の裏にある、人間だけが感じ取れる「コンテキスト(文脈)」だった。

私たちは、それらの「暗黙知」を一つひとつ言語化し、AIが学習できる「特徴量」に落とし込んでいった。例えば、「雨の日の朝」という情報を気象データと連携させ、「新しい材料」という情報を生産管理システムのロット情報と紐づける。佐藤さんの五感を、データで再現しようと試みたのだ。

結果、AIモデルの予測精度は飛躍的に向上した。しかし、それ以上に大きな成果は、佐藤さんがプロジェクトの最大の推進者になってくれたことだ。彼は、AIが出した予兆アラートを見て、こう言うようになった。「おう、こいつ、俺と同じこと考えでるな。なかなか見所あるじゃねえか」。

現場の抵抗は、プロジェクトの障害物ではない。むしろ、AIの精度を飛躍させ、現場に実装するための最大のヒントが詰まった「宝の山」なのだ。その宝を掘り当てるのに必要なのは、最新の分析ツールではなく、相手の懐に飛び込み、信頼を勝ち取るという、どこまでもアナログなコミュニケーションなのである。

壁その3:「データが汚くて…」技術者の“孤独”をチームの力に変える

さて、経営者の目的を翻訳し、現場の知恵という宝物も手に入れた。いよいよデータサイエンティストの出番だ。記事では、データ準備の重要性をこう説いている。

ステップ2:データのアセスメントと準備(使えるデータはあるか?)
この地味な作業が、分析精度の7〜8割を決めるとも言われています。

この「地味な作業」こそが、多くの技術者を孤独と絶望の淵に追いやる。彼らは、各部署から集められたデータの山を前に、こう呟くのだ。「データが…汚すぎる…」。

  • 営業部の日報はフォーマットがバラバラで、同じ顧客名が微妙な表記揺れで複数存在する。
  • 製造部のセンサーデータは、なぜか特定の日だけ欠損している。聞けば「その日はセンサーの電源を抜いて大掃除した」とのこと。
  • 過去のシステムと現在のシステムで、データの持ち方が全く違う。

キラキラしたAIモデルを構築する前に、彼らはこのデータの泥掃除、いわゆる「データクレンジング」に膨大な時間を費やすことになる。しかし、この苦労は、ビジネスサイドからは全く理解されない。「まだ分析できないの?」「AIって、もっと自動でやってくれるんじゃないの?」という無邪気な言葉が、彼らの心を削っていく。

私たちは、この技術者の孤独を絶対に放置しない。彼らを「魔法使い」や「分析マシーン」として扱うのではなく、プロジェクトの中心にいる「課題解決のパートナー」として扱うのだ。

具体的には、定期的に「データよもやま会」のような場を設ける。そこには、データを実際に作成している現場の担当者、データを管理している情報システム部、そして分析を行うデータサイエンティスト、プロジェクトの目的を一番理解している事業部の担当者、全員が集まる。

データサイエンティストが「このデータの欠損、何とかなりませんか?」と問題を提起するだけでは、ただの文句になってしまう。そうではなく、「この欠損データを補完できれば、解約予測の精度が5%上がる可能性があります。この欠損が生まれる業務プロセスって、どうなっているんでしょうか?」と、ビジネス上の価値とセットで問いかけるのだ。

すると、現場担当者から「ああ、その日は月末処理でサーバーが重くなるから、入力を後回しにする習慣があって…」といった、技術者だけでは知り得ない業務上の背景情報が出てくる。情報システム部からは「それなら、夜間バッチで自動入力する仕組みを作りましょうか」という解決策が提案される。

このように、データの「汚れ」を個人の責任にするのではなく、組織の課題としてテーブルに乗せる。そして、それぞれの専門知識を持ち寄って解決策を考える。このプロセスを通じて、技術者は孤独な「掃除屋」から、チームで課題を解決する「アーキテクト」へと変わっていく。

AIプロジェクトとは、単にデータから答えを出す作業ではない。データを通じて組織の歪みや非効率なプロセスを可視化し、部署の壁を越えて協力体制を築き上げる、壮大な「組織改革プロジェクト」そのものなのだ。

まとめ:最高のAIは、最高の「人間関係」から生まれる

あの綺麗な記事では、AI導入のステップを5つに分けて解説した。しかし、その各ステップの間には、必ず「人」と「人」とのコミュニケーションという、目に見えない、しかし最も重要な架け橋が存在する。

  • ステップ1(目的設定)の前には、経営者の本音を引き出す「翻訳」のコミュニケーションがある。
  • ステップ4(モデル構築)の前には、現場の抵抗を信頼に変える「共感」のコミュニケーションがある。
  • ステップ2(データ準備)の前には、技術者の孤独をチームの力に変える「協調」のコミュニケーションがある。

AIデータ分析の成功は、アルゴリズムの優劣やデータの量だけで決まるのではない。むしろ、プロジェクトに関わる全ての人間が、それぞれの立場の違いを乗り越え、同じ目的に向かって進めるかどうかにかかっている。

だから、もしあなたがAI導入の壁にぶつかっているなら、一度PCを閉じて、周りを見渡してみてほしい。

経営者は、本当に「AIで何かやりたい」だけだろうか?
現場のあの人は、なぜ頑なに協力してくれないのだろうか?
黙々と作業している技術者は、今、何に困っているのだろうか?

答えは、データの中にはない。答えは、いつも「人」の中にある。

最高のAIは、最高の人間関係という土壌からしか生まれない。それが、数々の現場で汗と涙を流してきた、私たちの偽らざる結論だ。