AIと新人教育、その裏側で本当に起きていた「人と組織」の泥臭い物語

AIと新人教育、その裏側で本当に起きていた「人と組織」の泥臭い物語

先日、「AIが拓く新人教育の新時代」なんていう、ちょっとカッコつけた記事を公開しました。AIが個別に学習プランを最適化し、新人がメキメキ育つ…そんな輝かしい未来を描いた内容です。もちろん、書いた内容はすべて事実ですし、技術がもたらす可能性は無限大だと本気で信じています。

でも、今日はその記事には書けなかった、というか書かなかった「裏話」をしようと思います。

キラキラしたAI導入事例の裏側には、いつだって「人」がいます。それも、変化を恐れ、現状維持を望み、新しいものを拒絶する、ごくごく普通の「人」が。最新のシステムを導入するだけでは、改革なんて一歩も進まない。本当に大変なのは、そのシステムを動かす人たちの「心」を動かすことなんです。これは、私が数々の物造りの現場や物流倉庫、企業の改革プロジェクトで嫌というほど味わってきた、苦くて、でも最高に面白いドラマの話です。

「AIで全部タダになるんだべ?」経営者の無邪気な期待との戦い

プロジェクトのキックオフは、いつも経営者とのミーティングから始まります。彼らは最新のバズワードが大好きで、期待に胸を膨らませています。例のAI新人教育プロジェクトの時もそうでした。ある地方の中堅製造業、後藤社長(仮名)との最初の会話は、今でも忘れられません。

「先生、この記事読んだよ!うちもAIだ。AIで新人教育すれば、指導係のベテラン社員をラインに戻せるし、教育コストもゼロになる。んだべ?」

満面の笑みでそう語る社長の言葉に、私は内心、深い深いため息をつきました。AIは魔法の杖じゃない。コストがゼロになるどころか、導入には莫大な初期投資と、それを使いこなすための新たな教育コストがかかるんです。

私はゆっくりと、でもはっきりと伝えました。
「社長、気持ちは良ぐわがります。でも、少しだけ現実の話をさせてください。AIはあくまで道具です。最高の鉋(かんな)があっても、使い手が三流ならただの鉄の塊だ。誰が、どうやって、そのAIという道具を使いこなすのか。そこを本気で考えないと、高い金払ってガラクタを買うのと同じことになりますよ」

一瞬、社長の顔が曇りました。そりゃそうでしょう。夢のような未来予想図に、冷や水を浴びせられたんですから。でも、ここで引いてはダメなんです。改革の第一歩は、トップに「覚悟」を持ってもらうこと。耳の痛い話を最初にできるかどうかで、プロジェクトの成否の8割は決まる、というのが私の持論です。

「社長さ、本当に会社ば変えだいど思ってんなら、まず社長自身が一番勉強しねばまいね。現場の人間は、社長の本気度ば見でっからの」
「……わがった。先生の言うごど、もっともだ。で、俺は何をすればいいんだ?」

庄内弁で真剣な眼差しを向けてきた社長の顔を見て、私は「よし、スタートラインに立てた」と確信しました。ここから、経営者、プロジェクトメンバー、そして現場を巻き込んだ、長い長い対話が始まるのです。

板挟みの管理職と「俺たちの仕事、なくなるんだべ?」という本音

次に立ちはだかる壁が、中間管理職です。彼らは経営層からの「やれ」という指示と、現場からの「できるわけない」という反発の板挟み。変化に対する不安も一番大きい。

今回のプロジェクトの中心人物は、製造二課の佐藤課長(仮名)。勤続25年のベテランで、現場の信頼も厚い人物でした。しかし、AI導入の話をした途端、彼の態度は硬化しました。

「そんなハイカラなもん、うちの現場で使えるわけがねぇ。みんなパソコンだってろぐに触れねぇのに」

会議室での彼の言葉は、明らかに拒絶の色を帯びていました。でも、私は彼の目が泳いでいるのを見逃しませんでした。彼が本当に恐れているのは、部下が使いこなせないことじゃない。彼自身の存在価値が揺らぐことへの恐怖です。

その日の夕方、私は一人で喫煙所にいる佐藤課長のもとへ向かいました。仕事の話は一切せず、彼の好きな釣りの話や、地元の祭りの話なんかをしました。しばらくして、彼がぽつりと本音を漏らしたんです。

「…先生、正直に言うでの。AIが俺らみてなベテランの経験や勘を全部データ化して、若い子でも仕事ができるようになったら、俺らみてな人間、いらねぐなるんだべ?」

これだ、と思いました。彼の抵抗の根源は、プライドと不安。これを解消しない限り、プロジェクトは絶対に前に進まない。

「佐藤課長、逆ですよ。逆。AIは課長の経験や勘を『見える化』する手伝いをするだけです。そのデータを見て、最終的に『よし、こうしよう』と判断するのは、現場を知り尽くした課長、あなたしかいない。AIは最高の副操縦士にはなれるけど、機長にはなれないんですよ。このプロジェクトは、課長の仕事を奪うもんじゃない。課長の『暗黙知』を会社の『形式知』、つまり財産に変えるためのもんなんです」

私の言葉に、彼は何も言わず、ただ黙って紫煙を吐き出していました。でも、その日から彼の態度は少しずつ変わっていきました。会議で現場の視点から鋭い指摘をしてくれるようになったり、「ここのデータ、こうやって取れねぇか?」と積極的に提案してくれるようになったり。彼を敵ではなく、最強の味方につけることができた瞬間でした。

現場の涙と「これ、便利かも」という小さな革命

そして、最大の難関は、いつだって現場です。特に、長年同じやり方で仕事をしてきた人たちにとって、変化は「苦痛」以外の何物でもありません。

今回は、生産管理課のデータ入力を担当している高橋さん(仮名)が、最も手ごわい相手でした。彼女は毎日、現場から上がってくる大量の手書き日報を、黙々と基幹システムに打ち込む仕事をしていました。AI-OCR(文字認識)を導入して、その作業を自動化しようというのが我々の計画でした。

初めて説明に行った時の彼女の冷たい視線は、今でも忘れられません。
「今のやり方で、今まで一度も問題起きてませんから。結構です」
ピシャリと言い放たれ、私はぐうの音も出ませんでした。彼女にとって、その入力作業は単なる仕事ではない。20年間会社に貢献してきた彼女自身のアイデンティティそのものだったのです。それを「非効率だ」と断じることは、彼女のこれまでを否定することに他なりません。

正論だけでは人の心は動かない。私は戦略を変えました。
まずは、彼女の隣に席を借り、一日中、彼女の仕事を見させてもらうことにしました。もちろん、邪魔にならないように。ただひたすら、彼女がどんな伝票に苦労し、どんな時にため息をついているのかを観察する。そして、休憩時間にこう話しかけました。

「高橋さん、毎日大変だのぉ。あの取引先A社の手書き伝票、いっつも字が汚くて読むの大変そうだのぉ」
「…!わがります?そうなんですよ!いっつも『5』だか『S』だかわがんなくて、現場まで確認さ行がねばまいねくて」

初めて彼女の口から不満が漏れました。チャンスです。
「もし、高橋さん。あのA社の伝票だけでいいんで、このスキャナーに通してみでけらっしゃい。面倒なヤツだけでいいですからの」

半信半疑ながらも、彼女は一番読み取りづらい伝票をスキャンしました。すると、AIが9割以上の精度で文字を読み取り、データ化して画面に表示したのです。一部、誤認識した箇所も、彼女がキーボードでちょいちょいと修正するだけ。いつもなら10分はかかる作業が、1分で終わりました。

彼女は、画面と私の顔を交互に、何度も見比べました。そして、小さな声でこう言ったんです。
「…あら、うそ。…これ、便利…かも」

この「便利かも」という小さなつぶやきこそ、革命の産声です。私は決して「全部の伝票をこれでやれ」とは言いませんでした。ただ、「面倒なヤズだけでいいですよ」と繰り返した。すると、翌日にはB社の伝票を、その次の日にはC社の伝票を、彼女は自らスキャンするようになっていました。

一ヶ月後、彼女は私にこう言いました。
「先生、今まで入力作業に追われてできなかったんだけど、空いた時間で、来月の生産計画の精度を上げる分析をしてみようと思うの。手伝ってけらっしゃい」
彼女の目には、以前の冷たさは微塵もなく、新しい仕事への意欲が燃えていました。AIは彼女の仕事を奪ったのではなく、彼女を単純作業から解放し、より付加価値の高い仕事へと導いたのです。

成功の鍵は、究極の「翻訳家」になること

経営者、管理職、現場。立場が違えば、言葉も、価値観も、見えている景色も全く違います。AI導入のような大きな変革プロジェクトを成功させるために私たちがやるべきことは、究極の「翻訳家」になることです。

  • 経営者の「利益を上げろ」という言葉を、現場が納得できる「この改善で、おめだの残業が月10時間減るぞ」という言葉に翻訳する。
  • 現場の「こんなの無理だ」という悲鳴を、経営者が理解できる「このままでは納期遅延による機会損失が年間5000万円発生します」というデータに翻訳する。
  • IT技術者の「API連携によるデータ正規化」という専門用語を、事務の高橋さんがわかる「ボタン一つで、バラバラのファイルが綺麗な一覧表になりますよ」という言葉に翻訳する。

この地道な翻訳作業を怠ったプロジェクトは、必ず失敗します。どんなに優れた戦略を描き、どんなに高性能なシステムを導入しても、そこに「人と人との相互理解」がなければ、すべては絵に描いた餅で終わってしまうのです。

例の記事で紹介したキラキラした成功事例は、すべて、こうした泥臭いコミュニケーションの積み重ねの上に成り立っています。AIが新人教育を変えるのは間違いありません。しかし、そのAIを導入し、現場に根付かせるのは、AIではなく「人」の仕事です。

もしあなたが今、社内で新しい取り組みを進めようとして、周囲の無理解や抵抗に心を折られそうになっているなら。どうか、思い出してください。人の心を動かすのは、完璧なロジックや最新技術だけではありません。相手の立場を理解しようと努め、相手の言葉に耳を傾け、そして、相手がわかる言葉で粘り強く語りかけること。その泥臭い一歩こそが、大きな変革を生み出す唯一の道なのだと、私は信じています。