『AI使え』じゃ人は動かねんだず! データじゃ見えない現場の壁をぶち抜いた泥臭い話
先日公開した「生成AI導入のリアル」という記事、おかげさまで多くの方に読んでいただけたようです。データに基づいて世代間のギャップを分析し、スマートな処方箋を提示する…いかにも「専門家」らしい、綺麗な記事でしたよね。
でも、正直に言います。あの記事は、いわば“建前”です。
現場の改革ってのは、あんな綺麗なチャートやロードマップ通りに進むもんじゃありません。もっと泥臭くて、人間臭くて、一筋縄ではいかない。今日は、あの記事には書けなかった、舞台裏の話をしようと思います。データだけでは決して見えてこない、経営者や現場の皆さんとの、汗と涙(と、時々笑い)のコミュニケーションの記録です。AI導入の本当の難しさと、それを乗り越える面白さが、きっと伝わるはずです。
「魔法の杖」を欲しがる社長と交わした、最初の約束
全ての始まりは、ある企業の社長室でした。意気揚々と私を迎えてくれた社長は、目を輝かせてこう言いました。
「いやぁ、先生。頼もしいよ。これでうちもようやくDXだ。早速、全社にChatGPTを導入して、業務効率を50%アップさせてくれ!」
…出ました。AIを「魔法の杖」か「打ち出の小槌」だと思っているパターンです。こういう時、いきなり「それは無理です」と真正面から否定するのは三流のやること。まずは相手の期待を受け止めつつ、現実的な着地点を探るのが我々の仕事です。
私はにっこり笑って、こう切り出しました。
「社長、すばらしい目標ですね。50%改善できたら、みんなハッピーです。ところで、その浮いた時間で、社員の皆さんにはどんな新しい価値を創り出してほしいですか?」
一瞬、社長の顔が「?」となる。これが第一の関門です。多くの場合、「AI導入」が目的化してしまっていて、その先にある「本来の目的」が見えていないんです。
「そりゃあ…もっと新しい商品の企画とか、お客様への手厚いフォローとか…」
「いいですね!では、まずその『新しい企画』や『手厚いフォロー』の時間を奪っている、一番の“犯人”はどの業務でしょう? そこからAIに退治してもらいましょうか」
こうして、「AIを導入する」という漠然とした話から、「●●部の報告書作成業務を効率化する」という、具体的で手触り感のあるテーマへと軌道修正していくのです。
ここでのコミュニケーションの肝は、「否定しないこと」と「具体的な問いで、相手に考えさせること」。
しばらく議論した後、社長がポツリと言いました。
「『社長、そんげん簡単な話でねぇんだず。まず、何ば解決してぇんだが?それが一番大事なんだでの』…先生の言う通りだな。魔法の杖を探す前に、俺たちが何に困ってるのか、ちゃんと見なきゃいけなかったんだ」
この言葉が聞けたら、プロジェクトは半分成功したようなものです。派手なAI導入の号令ではなく、「現場の〇〇という課題を解決する」という共通の目的意識を持つこと。これが、どんな高性能なAIよりも強力な、プロジェクトの推進力になるんですから。
「俺のやり方」を崩せない、ベテラン管理職の見えない壁
さて、社長の理解を得て、いよいよプロジェクトがスタート。最初のターゲットは、毎週月曜の午前中を全て費やして作成される、とある部署の「週報」でした。各担当者からの報告をExcelに手作業で転記し、グラフを作り、体裁を整える…。聞くだけで気の遠くなるような作業です。
この業務を仕切っているのが、勤続30年のベテラン、佐藤課長(仮名)。X世代の典型ともいえる、真面目で責任感の強い方です。私は、AIを使えばこの作業が劇的に楽になることを説明しに行きました。
「佐藤課長、この週報作成ですが、AIを使えば…」
「ああ、結構です。この週報は私が新人の頃から続く伝統のフォーマットでしてね。一つ一つの数字に意味があるんです。それに、私が手作業でやるからこそ、各担当者の状況が肌感覚でわかるんですよ。AIなんかに任せられません」
元記事で触れた「認知-実装ギャップ」の正体は、これです。単に新しいツールを知らない、使えない、という話じゃない。根底にあるのは、「長年培ってきた自分の仕事のやり方や価値が、否定されることへの恐怖」と「変化に対する強い抵抗感」なんです。
こういう“職人気質”の方を、正論で説得しようとしても無駄。「AIは効率的です」「時代は変わりました」なんて言ったところで、「若造が何を言うか」と心を閉ざされておしまいです。
そこで私は作戦を変えました。佐藤課長の席の隣に座り込み、1時間、ひたすら彼の週報作成作業を観察させてもらったのです。そして、こう言いました。
「すごいですね、課長。この複雑なデータを手作業で…。でも、さっきから見てると、A君の報告書の『売上』の数字を、Excelの『実績』の欄に転記する作業、もう20回はやってますよね。正直、肩凝りませんか?」
佐藤課長は、少しバツが悪そうに肩を揉みました。
「…まあ、な。毎週この時間は目が疲れてかなわんよ」
チャンスです。
「『課長、毎日残業してこしぇでる(作ってる)この週報、AIさ手伝わせでの、1時間で終わったら、うんと楽になんねが?』もし、その転記作業だけでもAIが代わりにやってくれたら、課長はもっと中身の分析に時間を使えると思いませんか?」
「『ほだなごど、でぎんのが?(そんなこと、できるのか?)』」
「できます。試しに、来週の分だけ、私にデータをいただけませんか? 私が代わりに“AIを使った下ごしらえ”だけやってみます。最終チェックは、もちろん課長にお願いします」
ポイントは、「全部AIに任せろ」ではなく、「一番面倒な部分だけ手伝わせてください」と提案すること。そして、「最終的な判断と責任はあなたにあります」という、彼のプライドと役割を尊重する姿勢を見せることです。
翌週、私がAIで一瞬にして処理したデータを渡すと、佐藤課長は半信半疑でチェックを始めましたが、その正確さと速さに目を見張っていました。あれだけ頑なだった彼の口から、「…来週から、このやり方でやってみるか」という言葉が出た時の達成感は、今でも忘れられません。
この小さな成功体験が、やがて部署全体に伝播し、「俺も」「私も」とAI活用の輪が広がっていったのです。改革は、大きな号令ではなく、一人ひとりの「あ、これ楽かも」という小さな実感の積み重ねでしか進まないのです。
「仕事、奪われっかの…?」現場の不安と交わした対話
管理職の壁を突破しても、まだ安心はできません。次に対峙するのは、現場担当者たちの、より切実な不安です。
特に、長年同じ業務をコツコツと続けてきたベテラン社員の方々にとって、AIは「仕事を楽にしてくれる相棒」ではなく、「自分の仕事を奪う脅威」に映ります。元記事のデータでも、「AIを毎日使う人ほど不安を感じる」とありましたが、これはAIの能力を肌で感じるからこその、リアルな恐怖なんです。
ある日、現場の休憩室で、数人のベテラン社員が話しているのが聞こえてきました。
「最近、やたらAI、AIって言うけどよ…」
「『おらだの仕事、無ぐなっちまうんでねぇべが…(俺たちの仕事、無くなってしまうんじゃないか…)』」
「簡単な入力作業なら、AIの方が速くて正確だもんなぁ…」
この不安を放置すれば、必ず「見えない抵抗勢力」が生まれます。AIが出した結果をわざと使わない、新しいやり方を覚えない、といったサボタージュが起きかねません。
私は、すぐに彼らとの対話の場を設けました。研修会のような堅苦しいものではなく、お茶とお菓子を用意した、ざっくばらんな座談会です。
そこで私が話したのは、AIの性能や使い方ではありません。私がかつて担当した、ある自動車部品工場の話です。
「昔、ある工場でね、部品の検査を全部、人の目でやっていたんです。でも、どうしてもミスはなくならないし、検査員は一日中神経をすり減らしてクタクタでした。そこにAIカメラを導入したんです。AIは24時間365日、文句も言わず、0.1ミリの傷も見逃さない。じゃあ、ベテラン検査員の仕事はなくなったと思いますか?」
みんな、黙って首を横に振ります。
「なくなりませんでした。彼らには、新しい仕事が生まれたんです。『なぜこの傷ができたのか?』という原因を究明し、製造工程を改善する仕事です。AIは傷を見つけるのは得意だけど、その原因を考えて、機械の調整方法を提案することはできない。それは、長年の経験と勘を持つ、ベテランにしかできない仕事だったんです」
そして、私は目の前の彼らに語りかけました。
「『んだぐどねぇ。こまげぇ入力仕事はAIさやらせで、あんただぢはもっと頭使う仕事さ集中でぎるようにすんのさ。』例えば、入力したデータを見て、『先月よりこの数字が伸びてるのはなぜだろう?』とか、『この業務フロー、もっと良くできるんじゃないか?』とか、そういうことを考える時間にしませんか。AIは過去のデータを処理するのは得意だけど、未来を良くするためのアイデアは、皆さんの中にしかないんです。『そっちのほうが面白そうでねぇが?』」
静かだった空気が、少しだけ和らいだのが分かりました。「仕事を奪われる」という恐怖から、「自分の仕事が進化する」という期待へ。このマインドセットの転換を促すことこそ、現場の不安を解消する唯一の方法です。AIは敵じゃない。面倒な作業を引き受けてくれる、ちょっと優秀な後輩だ。そう思ってもらえれば、導入は一気に加速します。
最後の砦、IT部門との「落としどころ」の見つけ方
経営、管理職、現場…それぞれの壁を乗り越えても、まだ最後の砦が残っています。そう、IT部門です。
彼らの使命は、会社の情報資産をあらゆる脅威から守ること。だから、「セキュリティ」や「ガバナンス」という言葉には非常に敏感です。新しいツールを導入しようとすると、「前例がありません」「情報漏洩のリスクがあります」「ガイドラインが整備されていません」という“正論の壁”が立ちはだかります。
彼らの言い分は、100%正しい。しかし、それを鵜呑みにしていては、一歩も前に進めません。
このプロジェクトでも、IT部門からは「全社的な利用は、明確なガイドラインとセキュリティ対策が完了するまで許可できない」という通達が来ました。
ここでの交渉は、まさに「矛」と「盾」の戦いです。攻めたい事業部と、守りたいIT部門。私は両者の間に立ち、こう提案しました。
「わかりました。では、リスクを完全に管理できる『砂場』を作りませんか?」
いわゆる「サンドボックス環境」の構築です。外部ネットワークから遮断され、機密情報も一切入れられない、安全な実験環境を用意するのです。
「この『砂場』の中でなら、何をしても大丈夫。まずは、一部の部署の有志だけで、この中で自由にAIを試してもらいましょう。そこで得られた知見や課題を元に、現実的なガイドラインを一緒に作り上げていく、というのはどうでしょう? リスクをゼロにするのは不可能ですが、管理可能な範囲から始めて、一歩ずつ前に進む。このやり方なら、IT部門の皆さんも安心できるのでは?」
この「スモールスタート」と「共同でのルール作り」という提案が、彼らの心を動かしました。自分たちが一方的に悪者にされるのではなく、改革のプロセスに主体的に関われる。この「仲間意識」を醸成することが、彼らの分厚い盾を、共に未来を切り拓くための武器に変える鍵なのです。
まとめ:改革とは、人の心を動かす旅である
ここまで読んでいただいて、お分かりいただけたでしょうか。AI導入プロジェクトの成否を分けるのは、テクノロジーの優劣ではありません。結局は、どこまで「人」と向き合えるか、です。
・経営者の「魔法の杖」幻想を、「具体的な課題解決」へと導く翻訳力。
・管理職の「変化への恐怖」を、「成功体験」で和らげる共感力。
・現場の「仕事を奪われる不安」を、「成長への期待」に変える対話力。
・IT部門の「守りの姿勢」を、「共に創る」へと転換させる交渉力。
これらの泥臭いコミュニケーションの積み重ねこそが、組織という巨大な船の舵を、少しずつ未来の方向へ動かしていくのです。
もし、あなたの会社でもAI導入がうまくいっていないとしたら、それはツールのせいでも、社員の能力のせいでもないのかもしれません。それぞれの立場にいる人々の「心の声」に、耳を澄ませてみてください。きっとそこに、改革を前に進めるための、本当の答えが隠されているはずです。